偉人・敗北からの教訓
ドキュメンタリー/教養
偉人・敗北からの教訓 第128回「シリーズ合戦③小田原合戦・北条氏滅亡の真実」
豊臣秀吉による天下平定戦、小田原合戦に敗れ、滅亡した北条氏の敗北を紐解く。100年近くにわたり関東の覇権を握りながら、北条氏が五代で滅びてしまった理由とは?
2月21日 土曜 21:00 -21:55 BS11イレブン
1590年、小田原合戦で天下人・豊臣秀吉に屈した北条氏の敗北から明日を生きるための教訓を探る。北条氏の初代・伊勢宗瑞はおよそ20年かけて伊豆と相模を平定。二代・氏綱は鎌倉幕府の執権にあやかり、北条姓を名乗り、本拠地・小田原から武蔵への進出を果たす。三代・氏康は武田氏・今川氏と三国同盟を結んで勢力を拡大。四代・氏政は房総半島から下野・上野にも版図を拡げ、関東に独立国家を築き上げた。
織田信長亡き後、秀吉が天下平定戦に乗り出すと、秀吉に従属すべきか否か、北条家中の意見が割れる。やがて、秀吉は20万以上の大軍を北条氏の本拠に差し向けた。氏政は家督を譲った五代・氏直らと共に難攻不落の小田原城に立て籠もるが、100を超える支城が次々と落とされ、やむなく降伏、開城を決意する。北条氏は関東一円を支配下に置く強大な国家を築きながら、なぜ、秀吉に敗れ去ってしまったのか?
小田原合戦後、天下統一を成し遂げた秀吉により、氏直は高野山に送られ、その後、病により他界。北条の家名は河内国狭山に所領を得た叔父・氏規とその子孫によって継承された。関東の北条氏旧領には秀吉によって移封された徳川家康が入り、新たな時代を切り拓いていく。家康は村々の武力抗争をなくすべく力を注ぎ、平和な世の実現を目指す。そこには、北条氏が残した、ある遺産が活かされていた。
歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。
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